社会医療法人社団 健友会 中野共立病院中野共立診療所
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しんぶん健友
第18号(2003年9月10日)



消せない記憶 つらい体験談に 「心がふるえた・・・」 健友会が8・20全職員平和学習集会

 八月二〇日午後、東京土建中野支部会館で健友会の「全職員平和学習集会」が開かれました。集会では、まずビデオ「イラク戦争の真実―被害の実相とアメリカの戦略」を見たあと、パネル・ディスカッション「戦争を知らない世代が戦争体験を語り継ぐこと」を行いました。集会の最後には、ことしの原水禁世界大会代表団の報告がありました。

 パネル・ディスカッションでは、元西荻窪診療所所長の湯浅謙医師(86)と中野駅南口駅前商店会会長の平塚光雄さん(76)が、なまなましい戦争体験を語りました。

湯浅 謙医師の体験談
 軍医として中国にいた私は、「手術演習」という名の生体解剖を七回、一四人に行いました。一回目は嫌々、二回目は平気になって、三回目からは自分からすすんでやりました。皇国史観、他民族蔑視の思想がうえつけられていた当時の私には、罪悪感もそれほどの葛藤もなかったんです。そこにいた医師や看護婦はみんなニコニコして談笑していました。
 生体解剖の最大の目的は、日本軍にとって実戦で役に立つ医師を速成することでした。「手術演習」は、罪のない中国人に麻酔をかけ、虫垂の摘出、腕の切断、そして腹を切り裂いて腸の切除と吻合などを医師たちが手分けして行うのです。
 私の頭の片隅には、「どうしても消せない記憶」「悔やんでも悔やみきれない罪の記憶」がいつもあります。一生をかけてその罪にたいする責任をはたすつもりです。

平塚光雄さんの体験談
 私は一九四二年、一五歳の時に海軍に志願し、パイロットになりました。朝鮮半島にあった航空隊の基地で特攻訓練中に終戦を迎え、シベリア送りになったのは一八歳の時でした。
 シベリアは氷点下四〇度の酷寒の地で、そこで森林伐採作業などに従事しました。食糧事情は最悪で、一日三〇〇グラムのパンと塩だけのスープが与えられるだけ。カエルや蛇など生きている物はみんな食べたし、大きな松の実を焼いて食べて、命をつなぎました。弱った兵士たちはつぎつぎと死んでいきました。
 終戦後、旧ソ連で過酷な労働を強いられた人は約六〇万人。そのうち、六万人が飢えや寒さで亡くなったのです。
 戦後、南方で連合軍の捕虜になった軍人には労働証明書が発行され、日本政府から労賃に相当する金額が払われました。しかし、シベリア抑留者には何の補償もありませんでした。いま私たちは国会での立法化、謝罪と補償を求めて運動をしているところです。

原水禁大会―若い参加者が多かった

 ことしの原水禁世界大会には、健友会と東医研からつぎの六人が参加しました。

○中野共立病院
 リハビリ室 塚本 拓也
鈴木ゆかり
 2階看護師 浅野 美和
 3階看護師  成田 聡子
○西荻窪診療所
 医療事務   大越 哲也
○ちひろ薬局
 薬剤師    近藤 かよ

 


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